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きのう、とある大使館で・・・






やっていたシンポジウムを見に行った。
「アートを病院に取り入れる」というタイトルで、北欧でずっと行われているプロジェクトの紹介と、日本の現状をちらっと紹介し、最後がパネルディスカッション。
日本のケースでは大病院の医師が自分の病院の情けない状況をスライドで見せて、ありがちな風景画やレンタル名画などを自嘲的に紹介し、よその病院が院内全体を使って開催したアートの展示会を紹介し(利用者の苦情が殺到して移動させられた作品をおもしろおかしく見せ)、つぎに建築家がアートやインテリアをトータルコーディネートして病院にプレゼンしたら好評だった・・・などと自慢げに話していた。

そのあと質疑タイムになって一部とんちんかんかつ妙に暑苦しいおやじの自分語り系質問などを経て、エンディングのシメが近づくと、突然アートディレクターと名乗る男が耐え切れないといった雰囲気で「これでおわっちゃいかーん」と語りだした。
彼が訴えたのは、アートを収まりのいいインテリアと同列に扱っちゃいかんのだと、ほんらいアートは個人の自己表現であって受け手の快適性や、多数に受けいれる、という公共デザイン的発想のものであってはおかしいし、病院のような場所であっても、そういう「声をあげる」ひとびとの表現を社会として受け入れるべきなんだ、と。日本は個人が声をあげることを受け入れなさ過ぎるのだー・・・彼の叫びはオーディトリウム全体にこだまし、一部のひとは固まり、でも司会の、自分も造形作家である女性はなんどもうなずいて、最後に感謝のことばをいっていた。

駅へと歩きながら、彼のシメを反芻する。
彼の発言はちょっと、ありがちなファインアート至上主義っぽくもある。
じっさい問題、いち鑑賞者として見れば、パブリックアートが無制限に自己表現を求められているようには見えないし、作家だってデザイナー的センスで考えているような作品も多い。
心身ともにやや弱った状態の人が多い病院利用者が、ひとりひとりアート作品に接して作者のパーソナルな声と対峙してそれに感銘をうけたり反発したりして活性化する、という具合にいくかどうかもしょうしょう疑問だ。
それでも「実例」とか「実状」とか「実績」とか「実」モノ話がやたらと多くなるシンポジウムで、彼のシメは食後のビッと苦いエスプレッソのような爽快感もあったしなんとなく考えさせられもした。そんな夜。
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fuukeitentei@200509301447@URL[編集]
なるほど。この前のコンペの事を思い出しました。
それぞれの言葉への思い入れや壁がありますね。
一概にはそうも言えないとか、言えなくもないとか、いう私のあやふやな基準では、なかなか人は説得できない(笑)
アートにしろデザインにしろ、生きてる楽しさとかにつながると良いなと単純に思ってる私でした。
cranephile@200510012354@URL[編集]
スタンスはいろいろで、いいんでしょうね。
彼のコメントについていえば、思いの強さに、なんとなく感じるところがあったんですよ。

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